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2011年10月15日 (土)

アップルバター フェスティバル

今日は オハイオの明治村 Roscoe villageで開催中のアップル バター フェスティバルに奧さんと一緒に行って来ました。

途中、紅葉が綺麗な時期なので、景色の綺麗な SR541を通って 紅葉も楽しんできました。


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Roscoe Villageは1800年代の街並みが 昔のまま残っており、昔の生活状況を伝えている街です。
この時期、アップルバター フェスティバルを開催しており、昔の工芸を昔の技法で作ったり、
昔の衣装で 昔の暮らしを紹介したり、野外コンサート、多くの露店が出て賑やかな雰囲気です。

今回、ゆっくりと見て回ったら、この街並みが残った理由とかオハイオの輸送路の歴史が分かりました。


まずは、道中の綺麗な景色と紅葉シーンから。

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ここから US-62から分岐して、SR-541を走ります。
景色が良くて、紅葉が綺麗なのに 奧さんは隣で寝ています。
仕方なく、楽しいワインディングを楽しく走りました。

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ようやく、Coshoctonの街に着いて 駐車場に向かう途中で トウモロコシの刈り取りをしていました。

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駐車場は一杯で、道の路肩に案内されて車を停め、風の強い寒い道を会場まで歩いて行きました。

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会場の中には 両側の古い街並みと 露店が並んでおり、雑貨好きの奧さんは 1つ1つをじっくり観察していました。

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昨年もいた 昔の衣装着た店番のお婆ちゃん

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ステージで行われていた トウモロコシの早粒外し大会を開催してました。

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手作りアイスクリームマシーンを使って アイスクリームの製造販売をしていました。
寒かったのですが、すぐにオーダーしてしまいました。
自分でトッピングするようになっていたので、キャラメルとチョコレートをかけました。

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名物のアップルバターを作っています。 リンゴを煮詰めて作る 極シンプルなジャムです。
味付けはシナモンだけの場合と砂糖を入れる2種類あります。
昔のスタイルで作っていたお姉さんが 自分たちにもやらせてくれました。

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再び コンサートを見に行きました。 麦わらの椅子に腰掛けて ゆっくり楽しみました。

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木工芸を見ていたら、先ほどのアップルジャムが出来たようです。
小瓶に詰めて 直売していました。

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一軒の昔の家を見学させて貰い、説明を聞きました。
お医者さんの家だったそうで、東洋びいきだったそうで、磁器や陶器の食器が置いてありました。

昔の生活は トイレやお風呂が無く、勿論、水道や下水もなく 大変だったのだろうと思わせます。
日本の方が風呂やトイレは普及していたのではないでしょうか?

台所も半地下の暖炉を使っていたりと 昔の日本の方が、かまどがあったり、囲炉裏があったり、
設備は良かったように思います。

残念ながら 写真を撮っていなかったので紹介は出来ません。 今度行ったら撮ってきますね。


その後、雑貨屋を巡りながら、奥の方を覗くと アンティーク屋さんがあったので、
奧さんは見逃すはずはなく、全部見てまわりました。

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ここのディスプレーは面白くて、普通の生活している場に 飾ってあります。

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ライフルや拳銃も売っているのは やはりアメリカですね。

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昔の古い看板も沢山売っていました。

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小さな おもちゃ博物館がありました。 懐かしい日本製のブリキのおもちゃも沢山ありました。

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なにも食べていなかったので、ファンネル ケーキを食べました。
でも、食べ終わったら 風に煽られて 紙皿が飛んでしまい、隣のおばちゃん二人に 粉砂糖が掛かってしまいましたが、流石アメリカ! ”大丈夫よ〜”の一言で済みました。 
ここら辺が、アメリカのアバウトな良い所ですね。

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この後、ビジターハウス内で 古いロウソクの作成設備が展示されてました。

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そして、この街の成り立ちのビデオを見ました。
そして、下の階にあるディスプレーの見学。
アメリカ人は 大きな国をもり立てるために 大きな事業を成し遂げたんだなあ。。。


まず、この地への入植、イギリス兵が インディアンの生活していた平原を取り上げて、
入植者に分け与えます。

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その後、物資を運ぶために 運河をエリー湖からオハイオ川まで作り上げます。

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標高差を克服するために 水門を儲け、水位の調整を行ったそうです。

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時々、運河は川を渡るために 橋をかけ、橋の中を船が通っていました。
運河と川は別になっていたんです。

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運河を通っていた船は 馬を使って 引いていたそうです。
船の前側は馬屋になっており、止まっている時は馬をここで休ませたようです。

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真ん中が荷物室で、後半が家族の住居スペースになっていました。

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運河は オハイオの両側に通っていたそうです。
Roscoeは その時代の荷下ろし場所だったようで、運河添いに街が栄えたようです。

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物流が運河から鉄道、自動車に移っていき、運河は廃れたようですが、
Rascoeには 鉄道も自動車道も通っていなかったので、忘れられた街として今に残ったようです。
偶然の歴史の悪戯が この街を今に残してくれたんですが、今では古い街そのものが財産になっているようでした。


帰りに外を見て運河の跡地が無いかと探してみました。

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駐車場の端の池のほとりに なんか運河の後のような。。。

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近くに行ってみると 水門跡が残っていました。
幅が狭いので、支流の運河跡のようです。 本物の運河は 自動車道に変わってしまったようです。

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帰りに SR-60を通って 綺麗な紅葉と牧場風景を楽しんで帰りました。
勿論、奧さんは寝ていました。

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